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1994年9月4日 関西国際空港オープン日、B747をはじめとする超大型機に交じり、JSが颯爽とおりたちました。しかしながら、この日を迎えるまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。まず、大型ジェット機の間にJSが入り込んで、降りてこられるのか。何せ、巡航速度は倍ぐらい違うわけですから(JS 500km/h弱、B747 900km/h程度)。また、大型機の後に出発すると後方乱気流により大きな影響を受けるのではないか。などなど、周りの空気は必ずしも暖かいものではありませんでした。開港一ヶ月前になり、実機により広島西=関空を何度か往復しました。瀬戸内海を真下に見下ろせる、遊覧には最高のルートでした。で、結果はというと、なんと「大きな問題はない」ということだったのです。何故かと言いますと、3,000m以下の高度になると、着陸態勢に入りますが、このときのJSのスピードは大型機と遜色がなかったことが証明されたからでした。後方乱気流についても、大型機同士の便間隔より多少多めに便間隔を取ることで、解決しました。こうして、JSは晴れて関空に乗り入れることができたのです。
JS12年余の歴史のハイライトの一つは間違いなく、阪神淡路大震災時の活躍です。1995年1月17日早朝発生した大地震は、神戸を境に東西を分断し、交通体系をずたずたに引き裂きました。広島西飛行場と関空を1日2往復、細々と運航していたJSは、関空開港後、平均で搭乗率40%以下と低迷していましたが、一躍脚光を浴びることになってしまいました。その日を境に予約が殺到し、お断りせざるをえない状況が続きました。会社としても何とかお役に立ちたいとの思いから、社員総出で、できるだけ多くの臨時便を設定し、対応しました。結果的には、4月14日までに328便の定期便と、それを上回る365便の臨時便を運航し、小さい機材ながらも、多くのお客様にご利用いただき、少しはお手伝いができたのかなと思いました。
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photo:J-AIR |
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